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新潟地方裁判所 昭和56年(ワ)195号 判決 1984年6月10日

原告

石黒あさ子

ほか三名

被告

みずほ物産株式会社

主文

一  被告は、原告石黒あさ子に対し、金四一六万五五三四円、原告石黒利幸に対し、金四六五万〇二二円、原告石黒典生、同梅川厚子に対し、各金四一五万七〇二二円及び右各金員に対する昭和五五年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告石黒あさ子に対し金二三三八万九六八六円、原告石黒利幸に対し金九七九万六五六一円、原告石黒典生、同梅川厚子に対し各金七七九万六五六一円並びに右各金員に対するいずれも昭和五五年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件事故の発生)

昭和五五年四月八日午後一時四五分ころ、被告代表者田中実(以下、田中という)は普通乗用自動車(新五六―と―九五三八号、以下、加害車という)を運転して、山形県西置賜郡飯豊町大字添川六六一番地先路上を走行中、道路左側の側溝に右自動車を転落させ、その結果右加害車に同乗していた訴外亡石黒勝幸(以下、亡勝幸という)に対し、頸骨損傷の傷害を負わせ、よつて同月二二日同人を右傷害により死亡させたものである。

2  (責任原因)

被告は、本件事故当時、本件加害車を所有し、営業のためこれを使用に供していたもので、右加害車の運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故により原告らに生じえ損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 亡勝幸の逸失利益

亡勝幸は、本件事故当時被告会社の代表取締役の地位にあり、年額金六〇〇万円の収入を得ていたものである。

ところで、亡勝幸は大正一四年三月一〇日生れで、事故当時満五五歳一か月であり、本件事故がなければ今後少くとも一五年間稼働可能であつたから、その間の逸失利益は右年収から生活費三割を控除し、ホフマン係数一〇・九八〇八を用いて本件事故当時の現価を算出すると、金四六一一万九三六〇円となる。

(二) 亡勝幸の慰謝料

亡勝幸は本件事故当時被告会社において社長職という枢要な地位にあり、また長男の結婚式を目前に控えていたところ、本件事故により頸骨損傷等の重傷を負い、一〇日余りにわたる必死の治療のかいもなく死亡したもので、その無念さは察するに余りあるものがあり、亡勝幸の受けた精神的苦痛を慰謝するには金一五〇〇万円が相当である。

(三) 相続

原告石黒あさ子(以下、原告あさ子という)は亡勝幸の妻であり、その余の原告らは同人の子であり、いずれも亡勝幸の相続人として、亡勝幸の取得した右(一)、(二)の損害賠償請求権のうち、原告あさ子はその二分の一、その余の原告らは、いずれもその六分の一を相続したものである。

(四) 原告石黒利幸の慰謝料

原告石黒利幸(以下、原告利幸という)は、結婚式を目前に控え、その準備に追われていたところ、本件事故により突然実父を失い、式も内々に済ませることを余儀なくされたもので、原告利幸の受けた精神的苦痛を慰謝するには金二〇〇万円が相当である。

(五) 葬儀費用

原告らは、亡勝幸の葬儀を執り行い、その費用として金一六六万〇〇一二円の出費(原告各自の負担割合は原告あさ子が二分の一、その余の原告らは各六分の一)を余儀なくされ、同額の損害を蒙つたものである。

(六) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟の追行を本件代理人に委任し、その手数料及び報酬として認容額の八パーセントを支払うことを約したが(原告各自の負担割合は葬儀費用の場合と同一)、本件ではそのうち金四〇〇万円を請求する。

4  損害の填補

原告らは、損害の填補として自動車損害賠償請求責任保険から金二〇〇〇万円の支払を受けた。

5  結論

よつて、被告に対し、原告あさ子は金二三三八万九六八六円、同利幸は金九七九万六五六一円、その余の原告らは各金七七九万六五六一円及び右各金員に対するいずれも昭和五五年四月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2の事実中、被告が本件加害車を所有し、その営業のために使用していたことは認め、その余は争う。

なお、本件事故は、当時被告会社の代表取締役の地位にあつた亡勝幸が当時専務取締役であつた田中に命じて本件加害車を運転させ、自らもこれに同乗して山形県内の取引先に赴き、用務を済ませて新潟に帰る途中で発生したものであり、本件事故当時亡勝幸は被告会社の代表者として自らの職務を遂行するため本件加害車に対する運行の利益を享受するとともに右田中の運転を具体的に指揮監督するなど運行を支配していたのであるから、亡勝幸も本件加害車の運行供用者であつたことは明らかであり、しかも亡勝幸の本件加害車に対する支配は、被告のそれに比してより直接的、顕在的、具体的であるから、亡勝幸は被告に対し、自賠法三条の「他人」であると主張することは許されない。

3  同3の(一)の事実中、亡勝幸が大正一四年三月一〇日生れで、本件事故当時被告会社の代表取締役の地位にあり、年額金六〇〇万円の収入を得ていたことは認め、その余は否認し、争う。

なお、亡勝幸の家族状況等に鑑みると、亡勝幸の生活費控除率は五割とすべきであり、また被告会社の規模、亡勝幸の株式保有数、これまでの勤務先の変転等の事情を考慮すると、同人の就労可能期間は満六〇歳までとすべきである。

4  同3の(二)ないし(四)の各事実中、(二)、(四)はいずれも争い、(三)のうち原告らと亡勝幸の身分関係は認める。

5  同3の(五)の事実は否認する。亡勝幸の葬儀は被告会社の社葬で行い、原告ら主張の金額を含めて葬儀費用一切は被告会社が負担したものである。

6  同3の(六)の事実中、原告らが本件訴訟を原告ら代理人に委任したことは認め、その余は知らない。

7  同4の事実は認める。

三  抗弁

1  過失相殺等

(一) 被害者側の過失

本件事故は、前記のとおり当時上司であつた亡勝幸の職務遂行のため専ら同人の指揮監督のもとに本件加害車を運転していた前記田中の居眠り運転に起因しているものであり、しかも亡勝幸は本件加害車の運行の利益を享受し、運行を支配していたことを考慮すると、少くとも五割以上の過失相殺がなされてしかるべきである。

(二) 好意同乗

本件事故当時、亡勝幸は田中運転の本件加害車に同乗し、前記(一)のとおり本件加害車の運行の利益を享受し、かつ運行を支配していたのであるから、原告らの損害を算定するにあたり好意同乗者として減額がされるべきである。

(三) 亡勝幸の過失

本件事故当時、すでに田中が本件加害車の運転を開始してから約五時間余りが経過し、その間取引先での用談や昼食の時間を考慮しても実運転時間は約四時間以上に達しており、したがつて田中には長時間運転による疲労のため、もはや運転継続は困難な状態にあつたことが明らかであり、加えて昼食後の満腹感や折からの陽気が重なり、同人が眠気を催し、その結果居眠り運転をする虞れも十分予見できたのであるから、本件事故当日の早朝から本件加害車に同乗し、かつ田中の上司として本件加害車の運行につき同人を具体的に指揮監督すべき立場にあつた亡勝幸としては、田中に対し、安全運転をするよう指導すべきはもちろん、前記諸事情を考慮すれば、同人の状況を打診し、相当時間休憩を命じるなどして居眠り運転に陥ることを未然に防止すべきであつたのに、これを怠つたものであり、亡勝幸の右過失も本件事故の一因というべきであるから、原告らの損害を算定する際、右の点を勘案して五割減額するのが相当である。

2  損益相殺等

(一) 原告あさ子の取締役就任に伴う昇給による控除

原告あさ子は本件事故当時被告会社の経理事務を担当し、毎月金一〇万円の収入を得ていたが、被告は、本件事故により亡勝幸が死亡したことに伴い、同人の遺族に対する実質的な賠償措置として、昭和五五年五月七日亡勝幸の妻である同原告を会社の取締役に就任させ、一か月の給与を金二〇万円に昇給させたものである。

ところで、原告あさ子は右取締役就任当時満五三歳であり、今後満六七歳まで在任可能であると仮定した場合、その間の賠償相当分は、金一〇万円に一二を乗じ、中間利息の控除につきホフマン係数一〇・四〇九を用いて本件事故当時の現価を算出すると、金一二四九万円となるので、同原告の損害額から右金員を控除すべきである。

(二) 搭乗車保険の受給による控除等

被告は、本件加害車に搭乗車保険を付していたところ、右加害車に同乗していた亡勝幸が本件事故により死亡したことに伴い、原告らは昭和五五年七月二八日保険金五〇〇万円を受領した。

ところで、被告が右搭乗者保険に加入したのは、会社自体が設立間もないうえ、その経営基盤や財政基盤が脆弱であつたことから、突発事故等により会社の所有車両に同乗中の従業員等が死傷し、万一被告が保有者として賠償責任を負担させられるに至つた場合に、その損害を填補するためであり、当然原告らの損害から右保険金を控除すべきである。

仮に損害額からの控除が認められないとしても、右搭乗者保険に加入した趣旨、目的が「万一の事故」に備えてのものであり、右保険金の受領により原告らは事実上損害の填補を受けており、更に右保険に加入することを決定したのが亡勝幸自身であることを併せ考えると、原告らの本訴請求は右保険金五〇〇万円の範囲内において権利の濫用として許されないものといわなければならない。

(三) 退職金等の受給による控除等

(1) 被告は、亡勝幸の遺族である原告らに対し、弔慰金名下に金一八〇〇万円、退職金名下に金一〇〇万円を支払うことを決定し、昭和五五年六月五日金一三〇〇万円、同年七月四日金五〇〇万円、同年一二月三日金一〇〇万円をそれぞれ支払つたものである。

(2) ところで、前記のとおり被告は設立間もない会社で、経営基盤等も弱かつたことから業務上の事故等により役員や従業員が死傷し、その結果被告が多額の損害賠償責任を負担させられたときには直ちに会社経営が破綻に瀕することも十分予想されたため、被告はかかる事態を避けるとともに従業員らの遺族に対する救済を図る趣旨のもとに、予め役員、従業員を被保険者、保険金等の受取人を被告とする生命保険契約を締結していたもので、前記金一九〇〇万円も右保険契約に基づき被告が受領した保険金から支払われたものである。

したがつて、右金一九〇〇万円、少くとも弔慰金八〇〇万円については亡勝幸の遺族たる原告らの受けた損害を填補する効果を有していたことは明らかであるから、負担の公平の原則からみても原告らの損害額から控除されるべきである。

仮に損害額からの控除が認められないとしても、被告が生命保険に加入した前記趣旨、目的及び事実上原告らが損害の填補を受けている事情等に鑑みると、原告らの本訴請求中、前記金一九〇〇万円、少くとも弔慰金八〇〇万円の範囲内において権利の濫用として許されないものというべきである。

(四) 労災保険金の受給による控除

原告らは、昭和五五年一二月五日本件事故により労災保険から一時金として金二二三万六三二二円の支払を受けているので、原告らの損害額から右保険金を控除すべきである。

(五) 厚生年金の受給による控除

原告あさ子は、亡勝幸の死亡により厚生年金保険における遺族年金の受給権者として同年金の支給決定を受け、昭和五五年七月から昭和五八年二月までの間、少くとも毎月平均金六万円宛合計金一九二万円を受領しているので、原告あさ子の損害額から右年金を控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)ないし(三)についてはいずれも否認し、争う。

本件事故は、当時被告会社において日常的に行われていた得意先回りという会社の業務執行の過程で発生したもので、本件加害車を運転していた田中も、同車に同乗していた亡勝幸もいずれも被告会社の機関としてそれぞれ会社の業務遂行に当つていたにすぎず、亡勝幸がたまたま代表取締役の地位にあつたからといつて直ちに同人が運行供用者といえないことはもちろん、本件加害車の運転の際における田中の過失をとらえて亡勝幸側の過失とし、あるいは亡勝幸の同乗を好意同乗と断定する被告の主張は、本件事故の態様を無視したものというべきである。

また、本件事故当時、本件加害車の運転は専ら田中に委ねられていたもので、分業を前提とする会社の組織運営上は車両の走行そのものの任務はその運転者に担荷されており、たとえ上司といえども、単なる同乗者にすぎない亡勝幸に田中の運転につき指導監督義務を負わせるのは過当な要求というべきであり、殊に運転免許を持たない亡勝幸にとつては不可能を強いるものというべきである。

仮に何んらかの注意義務が認められるとしても、本件においては、走行経路、走行時間、道路状況その他田中の言動等のいずれの点からみても交通事故等の危険を予想しうるような事情は全くなかつたものである。

2  同2の(一)の事実中、被告主張のとおり原告あさ子が被告会社の取締役に就任し、給料が一か月金二〇万円に昇給したことは認めるが、右取締役の就任はあくまで亡勝幸の死亡により被告会社の失つた社内的あるいは対外的な信頼関係の回復を目的とした一時的な措置にすぎず、被告主張のような亡勝幸の遺族に対する実質的な賠償措置としての意味は全くなかつたものである。

3  同2の(二)の事実中、原告らが被告主張のとおり搭乗者保険金五〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は争う。

搭乗者保険における保険金の支払は、その約款からも明らかのように、損害の填補をその目的とするものでなく、民法上の不法行為責任の有無とは全く無関係になされるもので、搭乗者としての要件にあてはまれば誰でもその保険金支払の対象となりうるもので、搭乗者に対する見舞金的性格を有するものである。

4  同2の(三)の(2)の事実中、被告主張の保険契約が締結されていたことは認め、その余は否認し争う。

すなわち、右保険契約は、被告が設立後日も浅く、財政的基盤が弱いため、役員や従業員の不慮の事故等による生命侵害に対し、充分な財政的援助ができないことから、いわば会社として従業員らの遺族に対するより以上の経済的救済を図る趣旨のもとに締結されたものであつて、換言すれば従業員らに対する生活保障を目的とした福利厚生基金としての性格が強く、また右契約に基づく保険金は、契約約款上の免責等特段の事情がない限り生命侵害の態様や会社の責任の有無を考慮することなく遺族に対し、当然に支給されることが決定されていたもので、受取人である被告としては保険会社から遺族への保険金の受渡しにつきその仲継ぎをするにすぎないものであり、したがつて損害額から右保険金に相当する金員を控除するのは相当でない。

5  同2の(四)の事実中、原告らが本件事故により、労災保険から、遺族特別支給金として金二〇〇万円、療養休業補償として合計金一〇万六三二二円、葬祭料として金一三万円をそれぞれ受給したことは認めるが、その余は争う。

なお右特別支給金については、労災保険法においても政府による求償権取得の対象とはなつておらず、いわゆる業務災害に関する保険給付としての取扱いを受けないもので、その内容も定額給付で、社会福祉としての見舞金的性格を有するもので、損害の填補を目的としたものではない。

6  同2の(五)の事実中、原告あさ子が被告主張のとおり厚生年金保険における遺族年金を受給していたことは認め、その余は争う。

すなわち、厚生年金は、民事上の損害賠償とは全く別異の厚生年金保険法に基づく法律関係に起因して給付されるもので、その目的は「労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与する」ことであり、本来社会福祉の性質を有し、その給付の趣旨は損害の填補にあるものでない。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおり。

理由

一  本件事故の発生

亡勝幸が、昭和五五年四月八日午後一時四五分ころ、田中の運転する本件加害車に同乗中、山形県西置賜郡飯豊町大字添川六六一番地先路上において右自動車が道路側溝に転落したため、頸骨損傷の傷害を受け、同月二二日右傷害により死亡したことは当事者間に争いがない。

二  被告の責任原因

1  被告が、本件事故当時、本件加害車を所有し、営業のためこれを使用に供していたことは当事者間に争いがないから、他に特段の主張立証のない本件においては、被告は本件事故当時本件加害車の運行供用者であつたと認めることができる。

2  ところで、被告は、本件事故当時被告会社の代表者であつた亡勝幸もまた本件加害車の運行供用者たる地位にあつたから、自賠法三条にいう「他人」に該当せず、したがつて被告は原告らに生じた損害を賠償する責任はない旨主張するので、以下検討する。

(一)  前記当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない乙第四ないし第一三号証、第一六ないし第一九号証、原告石黒あさ子、被告代表者(第一回)の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事故に至る経緯、被告会社の概要、亡勝幸と田中の関係等について、次のような事実を認めることができる。

(1) 本件事故当時被告会社の専務取締役であつた田中は、事故の約一週間前に山形県南陽市内の酒造会社に酒米の販売に関する用務のため一人で出張する計画を樹てていたところ、出発の数日前に至り社長であつた亡勝幸から突然久し振りに右取引先に挨拶したいので同行する旨告げられたこと、そこで、本件事故当日は亡勝幸が自動車の運転免許を有していないため田中が被告所有の本件加害車を運転し、亡勝幸は助手席に同乗して同日午前八時一〇分ころ新潟市を出発し、途中一回小休止したのみで同日午前一一時一〇分ころ南陽市内の取引先に到着したこと、そして直ちに取引先の会社で一時間余り商談をしたのち、取引先の社長らを誘つて約三キロメートル離れたそば屋まで車で行き、同所で昼食をとつたうえ、再び右取引先まで同社の社長らを送り届け、そのまま同日午後一時すぎころ、田中は亡勝幸を本件加害車の助手席側の後部座席に同乗させて新潟へ向けて帰途についたこと、ところが運転開始後約四〇分余り経過したころ、同日朝からの長距離運転による疲労感に加え、昼食後の満腹感や折からの温暖な天候が重なり急に眠気を催し始めたにもかかわらず運転を継続した結果本件事故を惹起したものであること、

(2) 被告会社は、訴外安宅フーズ株式会社の倒産後、主として酒造米や精白米、農産物等の販売を目的として昭和五一年一〇月一日設立されたもので、本件事故当時資本金三五〇〇万円、従業員数は常勤七名で、冬期間の臨時を含めると約二七名を擁する会社で、取扱量の大半が酒造米であること、

(3) 亡勝幸は昭和二一年ころから米穀関係の仕事に従事してきたもので、訴外株式会社ケンベイに約二〇年余り勤務したのち、昭和四六年同社を退職し、その後被告会社の前身である前記安宅フーズに転身し、更に被告会社の設立と同時に代表取締役に就任し、以来本件事故当日まで被告会社の社長の地位にあつたこと、一方田中は前記株式会社ケンベイで亡勝幸と一緒に働いた経験があり、昭和五二年九月一日前記会社を退職して被告会社に専務取締役として入社してからは専ら社長である亡勝幸の指揮のもとに仕事に従事してきたこと、

以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、本件事故は、亡勝幸が田中の運転する本件加害車の後部座席に同乗し、山形県内の得意先に対する挨拶回りの帰りに発生したもので、当時亡勝幸は被告会社の代表者たる地位にあつたものの、右得意先回り自体は、あくまで被告会社の機関として同社の利益を図るためなされた単なる日常的な業務執行の一態様にすぎず、また本件事故時亡勝幸が本件加害車の運行を支配していたことを認めるに足りる証拠もない本件においては、亡勝幸を共同運行供用者とすることはできないし、したがつて亡勝幸が自賠法三条の「他人」に該らないとする被告の主張は採用の限りでない。

そうとすれば、被告は自賠法三条に基づき、運行使用者として原告らに生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

3  そこで、更に進んで被告の抗弁1の(一)ないし(三)について以下順次検討を進めていくこととする。

まず抗弁1の(一)について考えるに、亡勝幸が被告会社の代表取締役であり、田中が同社の平取締役の地位にあつたことは明らかであるが、そのことから直ちに田中が亡勝幸と身分上あるいは生活関係上一体をなす関係にあつたとまで認定できるか疑問であり、他にこれを首肯するに足りる特段の主張立証のない本件においては、抗弁1の(一)の主張はにわかに採用することはできないというべきである。

次に抗弁1の(二)について考えるに、本件事故に至る経緯、殊に亡勝幸が田中の運転する本件加害車に同乗するに至つた動機経緯、本件加害車の運行状況等に鑑みると亡勝幸が好意同乗者であるとしてその損害額を減額されなければならないような事情は全く見出しがたいし、他に亡勝幸が好意同乗者と認めるに足りる主張も立証もない。

更に、抗弁1の(三)について検討するに、前記認定事実によれば、本件事故当事亡勝幸は被告会社の代表取締役社長であり、田中は同社の専務取締役の地位にあつたもので、社長である亡勝幸は業務執行につき田中を指揮監督する権限を有し、田中は亡勝幸の命令に従うという上命下服の関係にあつたこと、田中は本件事故当日たまたま自動車の運転免許を取得していたことから本件加害車を運転したにすぎず、被告会社内で自動車運転を職務としていた訳でないこと、本件事故当日の運転状況をみると、まず朝早く新潟を出発し、途中休憩らしい休憩はとらずに山形まで直行したこと、その後も十分休憩をとる間もなく直ちに取引先との商談に入り、それが済むと車で近くのそば屋へ行き、昼食をとつたのち新潟への帰途についたものであつて、新潟から本件加害車に同乗してその間の事情を知悉していた亡勝幸としては居眠り運転による事故の発生を予見することが必ずしも困難な状況にあつたとはいえないこと、その他被告会社の規模、亡勝幸と田中との関係等に鑑みると、本件事故については田中の上司である亡勝幸の安全運転に対する配慮が欠けており、それが事故の一因となつているものというべく、そうとすると損害額の算定につき、亡勝幸の右過失を斟酌すべきところ、前記諸般の事情を併せ考えると、その過失の割合は被告会社九割、亡勝幸一割と認めるのが相当である。

三  損害

1  亡勝幸についての損害

(一)  逸失利益

亡勝幸が大正一四年三月一〇日生れ(死亡時満五五歳一か月)で、本件事故当時被告会社の代表取締役の地位にあり、年収六〇〇万円を取得していたことは当事者間に争いがなく、原告石黒あさ子の本人尋問の結果によれば、亡勝幸は健康体で、格別身体に故障もなく、またこれまで病気らしい病気をしたことがないことが認められ、その他被告会社の設立時期や規模、亡勝幸の勤続年数等の諸事情を併せ考えると、亡勝幸は本件事故がなければ満六七歳に達するまで一二年間、毎年右程度の収入を挙げることができたものと認められ、また亡勝幸の年齢、家族状況、社会的地位等に鑑みると生活費として四割を減ずるのが相当であるから、中間利息の控除につきホフマン係数九・二一五を用いて本件事故当時における亡勝幸の逸失利益の現価額を算定すると、金三三一七万四〇〇〇円となるが、亡勝幸の前示過失を斟酌すると被告が賠償すべき金額は金二九八五万六六〇〇円となる。

(二)  慰謝料

亡勝幸が本件事故によつて生命を奪われ、測り知れない精神的苦痛を受けたことは容易に推認しうるところ、前記認定の本件事故の内容、双方の過失の程度その他亡勝幸の年齢、社会的地位、平均余命等本件に顕われた諸般の事情を総合すると、亡勝幸の受けた精神的苦痛を慰謝するには金七五〇万円が相当である。

(三)  相続

原告あさ子が亡勝幸の妻であり、その余の原告らが同人の子供であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、亡勝幸の相続人は原告らのみであることが認められるので、原告らは亡勝幸の被告に対する前記(一)及び(二)の損害賠償債権を法定相続分(原告あさ子は三分の一、その余の原告らは九分の二)に従つて相続したものというべきである。

(四)  損益相殺等

(1) 原告あさ子の取締役就任に伴う昇給による控除

原告あさ子が本件事故後被告主張のとおり被告会社の取締役に就任し昇給したことは当事者間に争いがなく、右事実に、原告石黒あさ子及び被告代表者(第一回)の各本人尋問の結果を総合すると、同原告は亡勝幸の存命当時から被告会社に勤め、経理事務を担当し毎月金一〇万円の収入を得ていたところ、本件事故後被告会社の大株主である訴外千田商店から、代表者の急死に伴う被告会社内の混乱を避け、その営業を従前どおり社内的にも対外的関係においても円滑に継続させていくためには、この際亡勝幸の配偶者である同原告が被告会社の取締役に就任するのが最善である旨説得されたことから、同原告はやむなく昭和五五年五月七日被告会社の取締役に就任したこと、しかしながら当然のことながら以前と異なり急に多忙となり、また仕事内容も重い責任の伴うものとなつたうえ、持病の糖尿病のため無理のきかない身体であつたことから同原告は長く取締役の地位に留まることは困難であると考え、翌五六年九月末で取締役を辞任したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば、原告あさ子の取締役就任は亡勝幸の遺族に対する実質的な賠償措置というよりも、本件事故後において被告会社の置かれた社内的あるいは対外的な特殊事情から特に要請された措置というべきであるから、被告の主張は理由がない。

(2) 搭乗者傷害保険金の受給による控除

被告は、原告らの損害額を算定するにあたり、原告らにおいて受領した搭乗者傷害保険金五〇〇万円を控除すべきである旨主張するので以下検討するに、原告らが右保険金を受領したことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第一九号証によれば、被告の加入した搭乗者傷害保険は、被保険自動車に搭乗中の者が右自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被つたときに搭乗者傷害条項等に基づき傷害の種類や程度などにより一定した金額の保険金が支払われるものであり、また保険会社が被保険者に保険金を支払つても被保険者又はその相続人がその傷害について第三者に対して有する損害賠償請求権は保険会社に移転しない旨が定められていることが認められ、以上の事実を併せ考えると右搭乗者保険から保険金が支払われたとしても損害額から控除するのは相当でないというべきである。

なお、被告は右保険金の受領により事実上損害が補填されているとして原告らの本訴請求も右保険金の範囲において権利の濫用になる旨主張するが、被告の主張する事情を十分斟酌しても、いまだ原告らの本訴請求をとらえて権利の濫用とまでいうことはできず、他に権利の濫用と認めるに足りる主張も立証もない。

(3) 退職金等の受給による控除等

被告は、亡勝幸の死亡後同人の遺族である原告らに支払われた弔慰金一八〇〇万円及び退職金一〇〇万円はいずれも原告らの受けた損害を填補することを目的としたものであるから、損害額から控除すべきである旨主張する。

成立に争いのない乙第二五ないし第二八号証、原告石黒あさ子、同石黒利幸及び被告代表者(第一、二回)の各本人尋問の結果を総合すると、被告会社は設立後日も浅く、経営、財政基盤も弱体であつたため、役員に万一の事態が発生しても会社として十分な救済や援助ができないことを慮り、役員を被保険者とする生命保険契約を結び、保険料は会社が負担し、保険金はすべて遺族への弔慰金や退職金に充てることを取締役会で決議したうえ、昭和五三年八月被保険者を社長の亡勝幸と専務の田中とし、訴外大同生命保険相互会社他一社と生命保険契約を締結したほか、昭和五五年三月には訴外日本団体生命保険株式会社との間で右と同趣旨のもとで更に被保険者を従業員まで含めた生命保険契約を締結したこと、被告は本件事故後右生命保険契約を締結した趣旨、目的に従い、直ちに臨時株主総会を開催し、保険会社から受領した保険金を亡勝幸の遺族に弔慰金及び退職金として支給することを決めたこと、その際遺族の税金対策上有利になることを考え、弔慰金を金一八〇〇万円、退職金を金一〇〇万円とそれぞれ分けたうえ、議事録にもその内訳を記載したこと以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば、被告の締結した前記各生命保険契約に基づいて被告に支払われた保険金については、その各目はとも角としても、役員ないしは従業員の遺族にすべて支給されることが当初から予定されていたもので、被告が自己の判断で自由に処分することは許されないものであることが明らかであり、被告代表者の供述(第二回)によつても、被告会社の負担する損害賠償の補填ということは考慮されていなかつたことが認められる。

そうとすれば、原告らの受領した弔慰金及び退職金を損害額から控除するのは相当でないというべきである。

なお、被告は弔慰金の受給等に関しても前記搭乗者保険金の受給に関すると同様、事実上の損害填補を理由として権利の濫用の主張をしているが、前記(2)で述べたと同一の理由で権利の濫用の主張は採用することができない。

(4) 労災保険金の受給による控除

被告は、原告らが亡勝幸の本件事故により労災保険から一時金として金二二三万六三二二円の支払を受けているので原告らの損害から右金員を控除すべきである旨主張する。

そこで検討するに、成立に争いのない甲第一ないし第三号証の各一、二によれば、亡勝幸の本件事故による受傷及びこれに起因する死亡を理由として、労働者災害補償保険法(以下、労災保険法という。)に基づき、原告あさ子は療養・休業補償として金一〇万六三二二円(うち金一万九二〇〇円は特別支給金)、遺族特別支給金として金二〇〇万円の、原告利幸は葬祭料として金一三万円の各交付を受けたこと(以上総額については当事者間に争いがない)が認められる。

ところで、労災保険法に基づく保険給付は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、あるいは死亡した場合に使用者に課せられる労働基準法(以下、労基法という)所定の各種の災害補償義務を使用者に保険料を納付させることにより政府が使用者に代つて履行するというものであり、したがつて、労基法八四条二項を類推して、使用者は労働者が労災保険法による保険給付を受けたときには同一の事由についてはその価額の限度において民法による損害賠償責任を免れると解するのが相当である。

そこでこれを本件についてみるに、まず原告あさ子の受領した遺族特別支給金は労災保険法一二条の四に基づき、政府が求償権を行使することのできる保険給付には該当せず、損害の填補を目的としたものでなく、専ら同法二三条の労働福祉事業の一環として労働災害等によつて死亡した労働者の遺族への援護あるいはその福祉増進を図るため支給されるものであり、右支給金と損害賠償債権とは同一事由に基づくものということはできないから、右支給金をもつて原告らの損害額から控除すべきではない。

次に、同原告の受領した療養・休業補償(ただし、特別支給金は除く)及び原告利幸の受領した葬祭料について考えてみるに、右各給付はいずれも同法七条の保険給付にあたるけれども、原告あさ子らが本訴において請求する損害は亡勝幸の逸失利益、慰謝料、葬儀費用及び弁護士費用のみであつて、右休業・療養補償とは損害の項目を異にしており、また葬祭料については本件では後記のとおり原告らには葬儀費用に関する損害についてはこれが発生したことを認めるに足りる証拠はないのであるから、結局右保険給付についてはいずれも原告の請求する損害から控除する余地はないものというべきである(なお、右保険給付を原告らの他の損害項目に充当するのは、保険給付の趣旨目的に照らすと相当でない)。

(5) 厚生年金の受給による控除

原告あさ子が亡勝幸の死亡により厚生年金保険における遺族年金の受給権者として同年金の支給決定を受け、昭和五五年七月から昭和五八年二月までに毎年六万円宛、少くとも合計金一九二万円をすでに受領していることは当事者間に争いがない。

ところで、厚生年金保険法に基づく保険給付は、一面労働者の生活保障機能を果しているものの、他方労災保険法に基づく保険給付と同様、受給権者に対する損害の填補の性質を有していることも否定できず、事故が使用者の行為によつて生じた場合において、政府が受給権者に対し、厚生年金保険法に基づく保険給付をしたときは衡平の観念に照らし、使用者は同一の事由についてはその価額の限度において民法による損害賠償の責任を免れると解するのが相当であるから、原告あさ子の相続した亡勝幸の逸失利益から厚生年金保険法からの受領分金一九二万円を控除すべきである。

2  原告らについての損害

(一)  原告利幸の慰謝料

亡勝幸と原告利幸との身分関係、本件事故の内容、態様、双方の過失の程度その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料は金五〇万円が相当である。

(二)  葬儀費用

成立に争いのない甲第四号証、原告石黒あさ子、同石黒利幸及び被告代表者(第一回)の各本人尋問の結果によれば、亡勝幸の葬儀については同人が被告会社の代表者であつたことから被告会社が社葬として一切を執り行い、原告らが主張する葬儀費用を含めて右葬儀に要した費用はすべて被告が負担していることが認められ、他に原告らが葬儀費用を出捐したことを認めるに足りる証拠もない。

(三)  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは当事者間に争いがなく、その際相当額の費用及び報酬の支払を約していることは弁論の全趣旨により認められるところ、本件事案の難易、審理の経過、認容額等に鑑みると、原告らが本件事故による損害として被告に対し賠償を求め得る弁護士費用は原告らにつき各金三〇万円が相当である。

3  損害の填補

原告らが、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険から金二〇〇〇万円の支払を受けたことは原告らの自認するところであるから、原告らの相続分に従い、右保険金のうち、原告あさ子については金六六六万六六六六円を、その余の原告らについては各金四四四万四四四四円をそれぞれその損害額に充当する。

四  以上の次第で、原告らの本訴請求は、原告石黒あさ子について金四一六万五五三四円、原告石黒利幸について金四六五万七〇二二円及び原告石黒典生、同梅川厚子について各金四一五万七〇二二円並びに右各金員に対する本件事故後である昭和五五年四月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣千里)

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